理解りみ深し君

理解りみの深いブログ

【小説】カミトコウサツ【SS】

ゴールデン・ウィークも最終日。明日から始まる会社や学校にそなえて、駆け込みで、利用する客がいると思って店を開けたが良いが、閑古鳥が鳴く一方で、入口のベルは鳴る気配が無い。

床やシャンプー台をはじめとした店内の掃除も、入念なハサミの手入れも終わり、後は店内奥の茣蓙のスクリーンに仕切られたスペースで、椅子に座り新聞でも読むほかないが、それも今しがた一通り読み終えてしまった。

一つの伸びをして、見慣れた店内を見渡す。

狭い店内には、客の待合スペースは無く、ヘヤーカタログなどの雑誌や漫画は一切置いていない。入口から入って五歩ほど進んだ位置に、右手に大きな鏡が二枚並んでおり、その手前にシャンプー台がそれぞれ二台併設されているカウンターがある。カウンターの上には整髪剤等が陳列されている。

客が座る可動式のチェアーは、鏡の正面と対峙する形で二台配置されており、その傍らにはハサミなどの道具を置いたワゴンが一台ずつ。

椅子の背面の壁には、窓の上に双方の鏡でも見える位置に、文字盤が鏡映しになった丸時計が。

店内は確かに狭いが二年前に改装されており、とても綺麗だ。白っぽい木の色をしたフローリングは、ワックスがまだ剥がれきっておらず、天井には少し眩しすぎるくらいにLEDの蛍光灯が煌々と店内を照らしている。

シャンプー台も椅子も、壁も新品の輝きを保っている。

普段はオーナーでもある祖父も店にいるが、今日は世間がお休みだといって、店の二階の母屋に居る。今頃、テレビでも見ているのであろう。

窓の外はもう夕焼けに染まり始めている。そろそろ、店仕舞とするかと、欠伸をしながら入口のドアの方へ歩み寄ると、不意に入口のベルが鳴った。

「いらっしゃい」

「・・・・・・」

珍しいこともあるもので、来訪者は若い女性であった。無地のロングTシャツにジーンズという、洒落っ気のない格好に似合わず、顔は小動物系のくりくりした瞳の目立つ可愛い顔をしていた。

髪は黒く艶やかで、後ろ髪は腰の辺りまで伸びているのをヘアゴムで一つに束ねている。前髪は眉が少し隠れるぐらいで切りそろえられており、とてもじゃないが、こんな七三分けを得意とする散髪屋に足繁く通うルックスには見えない。

しかし、だからといって、せっかく来た客をむざむざ帰すわけにも行かないだろう。

「どうぞ、こちらの席へ」

鏡の前のチェアーへと案内する。

その際、この御客様が女性にしては背の高い方であると気がついた。僕と目線がほぼ同じなので、おそらく身長は170センチ近くあるだろう。足下を見ても、底の低そうな紺のスニーカーを履いていた。

手元を見ると、マニキュアも塗っていない指に、つば付きの黒いキャップが掛かっている。どうやら、店の前まで被って来たらしい。

「お帽子、預かりますよ」

黙って席に座る彼女に、そう言って手を差し出すと、彼女は僕の指にそのキャップを引っかけた。

窓の脇に立てているコートハンガーのフックにそれを引っかけると、シャンプー台のカウンターに付いている引き出しからカットケープを取り出して、御客様へと掛ける。

「どれくらい、切りますか」

「ヘアゴムの掛かっている所までお願いします」

可愛らしい顔に似合わないハスキーな声にも意表を突かれたが、まさかの注文に耳を疑い、絶句した。切っても肩に付くあたりで整えるだろうと高を括っていたのだ。

「それだと、スポーツ刈りというか、男性の髪型に近くなりますが、宜しいでしょうか」

「はい。バッサリと、お願いします」

そこまで短くするならば、シャンプーより先に、ある程度の長さまで切った方が良いだろう。

そう思い、御客様にその旨を伝えるが、動揺が隠しきれずに声が裏返ってしまった。

鏡越しに合った目は、リラックスした色が伺え、口元はほんの少し笑みを湛えていた。

「それで、大丈夫です。お願いします」

本人からの承諾を得たので、ハサミを持ち、結ばれた髪の束に手を掛ける。流石に、一度には切れそうに無かったので、束を三度に分けて項のあたりまで切りそろえた。

切った髪の束を持ち上げて、鏡越しに御客様へと見せる。彼女は微笑んで見せて、一つ頷いただけだった。

「お手に取りますか?」

「いいえ、大丈夫です。処分してください」

髪艶から鑑みるに、手入れにはそれなりの労力が掛かっているのは想像に難くない。しかし、彼女は別段髪の束に未練や思い入れなどは感じさせない。むしろ、一刻も早く自分の体から遠ざけようとしているようにもみえた。

「では、シャンプーに移りますね」

彼女の髪の束を茣蓙のスクリーンの向こうにあるゴミ箱に入れ、その真上にある職員用の洗面台で手を洗ってから準備へと取りかかる。

カットケープを取り替え、座席を180度回転させて、背もたれを倒す。もう一度スクリーンの向こうへと移り、タオルウォーマーからお絞りを取り出して、御客様の顔を隠す。

お湯加減を確認してから、いよいよ御客様の髪を洗い始める。

もしかすると、彼女の使っているシャンプーよりウチの店が扱っているシャンプーの方が、グレードが低い可能性がある。香りも馨しくはないものだし、臭いが髪に染みつくのを嫌がるかもしれないな。

そう思い、いつもより短い時間で行程を済ませた。

それから座席を元に戻し、タオルで髪を簡単に乾かしたりして、再び髪を切る段取りに入る際、不意に彼女から話しかけられた。

「水平思考問題って知っていますか?」

少し、間を開けてから僕は答える。

「環境問題の一つか何かですか?」

彼女はクスリと笑ってから、僕の間違いを正す。

「いいえ、水平思考問題は想像力や発送の転換力を試すクイズのことです。ルールは簡単。まず、回答者は出題者に5つの質問をします。出題者は回答者の質問の内容が正しいか、誤っているかどうかを、YESかNOかで答えます。回答者はその5つの質問を駆使してヒントを集め、答えを導きだすのです」

「・・・あまりピンと来ませんが、面白そうですね」

止まっていた作業の手を再開させながら、僕はそう応えた。

「一つ試しにやってみましょうか。有名な例題で、ウミガメのスープという問題があります。では、問題」

彼女の言うウミガメのスープ問題の内容は以下の通りである。

ある男性が、あるレストランでウミガメのスープを注文した。男性はそのスープを口にすると、店の人間を呼んでこう質問する。

『このスープは確かにウミガメのスープなのかね』

店のものは困惑した様子でこう答える。

『ええ、確かにこれはウミガメを食材として使用したスープになります』

そうか。と、返答を受けた男性は静かに席を立ち、会計を済ませた後、フラフラとした足取りで店を後にした。

翌日、彼は海岸で死体となって発見された。では何故、彼は死んでしまったのか。

「5つ質問ができるのですよね」

「はい」

彼女からの出題が終わる頃には、すでに髪を切る準備は済んでいた。ヘアゴムも解いてもらい、無造作に広がる髪にハサミを入れていく。

「スープには毒が入っていましたか」

「いいえ」

 心なしか、返答する声は笑っているようだった。

「男性はアレルギーを持っていましたか」

「いいえ」

質問してから、気づく。まず、アレルギーがあったら、自分でアレルギー反応が起こるような料理は注文しないはずだ。自分の失態を恥じて、誤魔化すように矢継ぎ早に質問をしていく。

「男性は泥酔していましたか」

「いいえ」

「男性の死因は他殺ですか」

「いいえ」

「男性の死因は事故死ですか」

「いいえ。・・・はい、これで5つです。回答を張り切ってどうぞ」

たかだか、クイズだ、ゲームだ。と、思いつつも、考え込んでしまう。

彼女は死因が他殺でも、事故死でもないと答えた。とすれば、考えられるのは自殺くらいである。

自殺だとすれば、問題はその動機がなにかということになる。

「ごめん、もうちょっとヒントが欲しい。これって、男性は何故自殺したかっていう問題だよね」

「そうです。なかなか鋭いですね。でも、この問題は鋭いだけでは解けません。問題文に手がかりが殆ど含まれていない為、回答者にとっては過度にアンフェアな問題だからです。と言うわけで、補足のヒント。男性は数人と無人島に漂流し、数週間もの間そこで過ごした過去があります」

思わず、ハサミを構える手を止める。

無人島に漂流していた過去を持つ男。一種の、トラウマを抱えているということだろうか。だとすれば、そのトラウマがウミガメのスープを自殺に追い込むほどの精神的な毒に変貌させた可能性が考えられる。

「うーん」

「じゃあ、最後の大ヒントです。男性は、ウミガメのスープを飲んだことで、ある事実が分かってしまいました」

食べることで、ある事実を知った。

食べることで、得られる情報と言えば、味や触感くらいである。そこから、得られる事実。

「はい、回答をどうぞ。ついでに、手も動かしてください」

ハッとして、彼女の要望通り、ハサミを再び動かす。

「失礼しました。えっと、男性の死因ですが、男性は恐らく、ウミガメのスープを飲むことで、無人島に漂流していた仲間達を弔い、その事実に満足して死んでいったのだと思います」

「え、どういうことですか」


御客様は戸惑ったように、今度は僕へと質問を投げかけた。反応をみるに、どうやら、不正解であるようだ。

「いえ、僕が思ったのは、自殺した男性は無人島に漂流した人たちの中で唯一の生き残りで、死んでいった仲間達が口々に、最後にウミガメのスープを食べたかったと言い残して息絶えてしまって、男性は救助された後、仲間の遺言を代わりに果たすためにウミガメのスープを飲んで、仲間の後を追い自殺したのではないかなと」

大きな溜息を吐いてから、呆れ果てたといった声色で御客様は言う。

「なんか、それっぽいですが、違います。まず、ウミガメのスープを飲んで分かる事実って、その場合何ですか」

「評判より美味しくなかった、とか。ああそうか、分かった。違う、違う。仲間と一緒に食べた思い出の味が、変わっていたわけだ。それが、ショックで」

「全然、違います。むしろ、答えが遠くなりました。答えはもう少し考えてから、自分で調べてみてください。ネットでウミガメのスープと調べたら、直ぐに見つかるはずですから」

「ええ、答え教えてくれないの」

「これだけ、ヒントを出せば、分かるはずです」

ツンとした口調の彼女だが、僕がさっきから少し馴れ馴れしい口調で喋っていることには気に掛けた様子がない。

大分、打ち解けてきたかなと判断し、敬語を取っ払って話しかけてみることにした。

「意外と面白いね、水平思考問題。他にあったら教えてよ」

「仕様がないですね。でも、私だって友達から最近教えてもらったばかりで、あまり、詳しくは無いですから。・・・じゃあ、私のオリジナル問題です」

ある女性が、バスや新幹線を利用する際、必ず隣通しになる二席のチケットを予約します。それは何故でしょう。

「なんとなく、分かった気がする」

「では、質問は3つまでにします」

「女性は子連れである」

「いいえ」

「女性は既婚者である」

「いいえ」

「女性にはいつも、一緒に時を過ごす人が居る」

「はい。でも、この問題にはその事実は関係ありません」

「え、関係ないの?」

「関係ありませんよ」

「因みに、いつも一緒の人って彼氏のことかな」

「違います。ほら、また手が止まっていますよ。しっかりお仕事してください」

「おっと」

昔から、考え出すと作業する手が止まるのが僕の短所である。身も蓋も無い話だが、僕は理髪師に向かない人間なのかもしれない。

「はい、回答をどうぞ」

「えーと、全然分からないね。僕は、女性がいつも一緒に行動している人の分もチケットを買ってあげているのかなって推測していたからさ」

「違います。正解は、片方のチケットの予約をキャンセルし、自分の隣の席を空席にし、荷物置きにするためです」

「何その人間のクズ的発想。せめて、そういう利用するならチケット二枚とも買えよ。というか、そもそも荷物置くなら普通にトランクか網棚使いなさいよ」

「荷物は手元に置いときたい派なのです」

「膝に置けばいいだろ」

思わず、溜息を吐くと御客様の皮を被った人間のクズは、小刻みに肩を振るわせて笑った。

会話が一段落して、沈黙が訪れる。せっかく温まった空気を冷ますのも嫌だったので、ここは適当な話題で場をつなげることにしよう。

「しかし、なんで急に髪切りたいと思ったのさ」

「うーん、色々理由はありますけど、一番の理由は鏡嫌いが直ったからですかね」

「鏡が嫌いだったの」

「はい。逆にうちの姉は凄く好きだったみたいですけどね、鏡。なんか、寂しいときに鏡を見ると落ち着くらしいです」

「鏡好きな姉と、鏡嫌いな妹か。変な姉妹だなあ」

「なので、美容室には滅多に行きませんでした。つい最近、身内の結婚式があるっていうので、仕方なく行きましたけど。普段は前髪で目は隠してたんです。あと、鏡見ないで髪洗うのも中々大変で」

カットが一通り終了した。

肩に落ちた髪などを払う作業に移る。

ベリーショートとも形容できるその髪型は、彼女の瞳の大きさをより引き立てていた。

「よし、OK。じゃあ、最後にシャンプーして終わり」

「あ、シャンプーは結構です。お会計お願いします」

流石、荷物置きに使うため座席を余分に予約する女。当店ではシャンプーに料金が上乗せされることを見越した上で先手を打ってきたようだ。

「あいよ。二千円になります」

預かっていたキャップを手渡しながら、請求する金額を告げる。

「そうだ、最後にもう一問」

ある女性がつい二時間前、アパートの一室で双子の姉を殺害しました。引っ越したばかりの部屋には、未開封の段ボールが積まれているだけで、凶器らしいものは何もありません。さて、女性はどうやって姉を殺害できたでしょう。

「質問は5つまでです」

不思議なことにも、僕はその問題の意図が直ぐに理解できた。さも、答えを予め聞いていたように。

それも当然のことかもしれない。なにせ、ずっと僕はこの問題について考察していたのだから。

彼女がここに髪を切りに訪れたという不可思議な現象の理由。

「じゃあ、一つ目の質問。姉妹の所持品に凶器はありましたか」

「いいえ」

彼女は微笑んで答えた。

「姉の死因は絞殺ですか」

「はい」

彼女は微笑んで答えた。

「凶器はこの店内にありますか」

「はい」

彼女は微笑んで答えた。

「女性は自分と同じ顔を持つ双子の姉を嫌うあまり、鏡を嫌いになりましたか」

「はい」

彼女は微笑んで答えた。

「その女性とは貴方のことですか」

「・・・・・・」

彼女は微笑んだまま、黙ってこちらを見ている。

沈黙が訪れた店内に、二階の母屋から祖父の笑い声が響いた。