理解りみ深し君

理解りみの深いブログ

【小説】朱色【SS】

 低身長の割りにやたらがたいの良いことと、口元がやや人より前面に出ていること、加えて、小さくつぶらな瞳がかの動物に似ているということから、僕のあだ名は昔からゴリラである。

 小学生のときからそんな風に呼ばれていることから、高校を卒業したくらいからそう呼ばれることへのコンプレックスというものはなくなっていた。

 というより、人からの悪口というもの事態に傷つかなくなっていた。自分自身に自信が付いたのだと思う。

 喧嘩すれば負けることはなかったし、勉強やスポーツも他の同級生たちと比べれば、申し分ない程度に出来た。

 僕に聞こえるように容姿を悪く言う人間は大体、1ヶ月も共に時間を過ごせば二度とそんなことを口にしなくなる。

 その代わり、一定値仲良くなるとゴリちゃんとか呼ぶようになる。

 社会人になって3年目になったある日だった。僕はそれまでお世話になっていた先輩の元を離れて、一人で仕事を任せられ始めたことだった。

 夢を見たのだ。

 あまりに現実味を帯びていて、本当にそのときは焦った。

 しかし、心のどこかで、やっぱりと思う自分がいることにも驚いたのを覚えている。

 夢の内容は、ベッドで目覚めるところから始まる。

 洗面所に向かい、顔を洗うといつもと手に当たる感触が違った。

 驚いて、鏡に眼を向けると、そこには紛れも無いゴリラの顔が其処にあった。

 ゴリラがパジャマを着て立っているのだ。

「嘘だろ」

 と呟いた傍から、いや、僕はゴリラだっただろう。何現実逃避しているんだと、次の瞬間には、自分の動揺を戒めていた。

 刷り込みとは怖いもので、幼い頃から周りからゴリラ、ゴリラと呼ばれていることから、潜在意識では自分をゴリラだと認知している節があったのだ。

 夢はそこで終わらず、僕はスーツを着て会社に通勤する。通勤電車でも、最寄り駅から会社までの道のりも、社内での同僚たちの反応も普段と何も変わらなかった。

 ただ、地下鉄の暗い窓を見れば、反射するショーウィンドウを覗けば、トイレに行って鏡に目を移せば、スーツを着たゴリラの姿がそこにあった。

 その度に、驚く自分が居た。しかし、次の瞬間には諦観と悟りのため息にも似た深呼吸が発作的に行われ、「普段どおりだろう、落ち着け」という第二の人格の呼びかけに首肯し、そのつぶらな瞳を睨み付けた。

 その度に、幼い日の思い出が頭を過ぎる。

「やい、ゴリラ!」

 という声と共に、投げつけられた風船ヨーヨーのことを。

 小学校低学年の頃のことで、家族と近所の夏祭りに出かけていた時の事だ。

 親から目の離れたところで、歩いていたところを同じ学校の上級生の数人が突如背後から僕を横暴な口調で呼びかけ、振り返ったところを風船ヨーヨーで襲撃された。

 当時、喧嘩もしらない僕は、あまりのショックに泣き出した。

 泣き出せば、上級生たちは面白そうに笑い、僕に近づいてくる。

 その後、どんな目に遭わされたかは覚えていないが、投げつけられた言葉と、風船ヨーヨーの鮮やかな赤色を強烈に覚えている。

 学生時代は夜中にこのことを思い出し、気分をよく沈めていたものだった。

 夢から目が覚め、いつも通り顔を洗う時には、ヨーヨーの色は夢のときほど鮮やかに思い出せなくなっていた。